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えらくならない人

一将「俺ら、えらならんなぁ。。」
もう20年以上前、仕事で改装店舗の荷物運びをしながら、同僚とそう会話を交わした。
平均勤続年数3年くらいの会社で、既に8年くらい働いていた。それなりにいろいろ仕事はやらせてもらっていたが、改装や新店オープンとなると、夜を徹し、埃にまみれる仕事もやらねばならない。
朝から23時くらいまで本社で働き、そのまま店へ移動、朝まで改装しに行って、次の日はそのまま普通に出勤。
38時間くらい連続勤務になることもあった。

少し上の人は、そんな事をする事から除外されていたが、我々の世代というのか、我々のタイプはそこから解放されなかった。。。

ある日、重役が外から本社社員全員にやらせたい課題を電話で“ある人”にみんなに伝えてやらせるように指示をした。その指示系統は少し違和感があったが…。
後日、どうしてその役割が“ある人”だったのかを種明かしした。
「あいつは、自分がやれなくても人には平気で、やれと言えるからや。」と。。。
「…なるほど」と思った。 “えらくなる人”と“えらくならない人”の違いはここにある気がする。

野球に例えると、現役時代、2割5分程度しか打てなかった人が、3割打者に指導できるのなら、それがえらくなる人ではないのか…と思う。

最近、休日が少なく、録り溜めたドラマを観ているが、まだ5月初旬までしか追いつけていない。
歴史上もっとも好きな真田幸村が主人公の「真田丸」も例外ではない。
幸村が、最後大阪城に入ったのは、「死に場所」を探したのか、「人生の大逆転」に賭けたのかはわからないが、、それに従った家臣達はどうだったのだろう??
平穏に暮らしたかったのか?? 同じ夢を見たかったのか??
自分達は、有名な武将の功績で歴史を見がちだけど、、「一将功成りて万骨枯る」という言葉がある。
それは多くの名も無き人の犠牲や苦労の上になっているということだ。
それをよく表現していた大河ドラマはこれも20年以上前の「秀吉」。
無茶を引き受けて、成功していくが、その無茶を何とかしなければならない弟や家臣の苦労がよく描かれていた。(そこはやはり原作堺屋太一)
特に「金ヶ崎の戦い」の撤退で、全滅覚悟の“しんがり”を引き受けて帰って来て、それを告げられた時の家臣の“うんざり感”。。は秀逸だった。

昨今では、大手企業(私には縁がないが…)のリストラも、結局はえらい人の判断ミスで、安定した生活(やっぱり、私には縁がないが…)を奪われるのは、一社員ということではないかなと思う。
こんな見方をするようになったのも年を取ったのかなぁ。。。

何となく、今回のテーマ曲はこれで…。



ところで、ここ何年もスタジオ練習のために、仕事の都合はうまくつけて来れたのだが、最近の忙しくなり方が、自分だけではスケジュールをうまくコントロールできず、、都合をつけるのが難しい状況だ。。
まぁ仕事がないよりはるかにマシなので、贅沢は言えない…。
それも私が私である所為でもあるだろうし。。。
私?? 「えらくなれないんじゃなく、ならないんです。。。」 (宮本)

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