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8月6日の思い出

1218037901今日は8月6日。“原爆の日”である。
昨今、近隣の国もキナ臭いが、世界のどこでも2度と使われないことを願うばかりである。

私も8月6日に広島に行ったことがある。原爆の日のために行ったわけではない。
まだ前職に勤務していた時代に、広島に営業所を作るとかで、営業社員の募集のために地元の人材紹介会社を訪問するためだった。
人材紹介会社も大手なら支社をもっているわけで、大阪で話をすれば、現地に行かなくても、探してくれるわけだが、、それをいくら言っても、信じてもらえず、直接現地へ行く事になった。
別に好き好んで、出張するわけでもないが、日帰りで行くのに「どうせ交通費使うんだから、できるだけ多くの会社へ行け」との社命。
土地勘はまったくないが、行くからには、現地にしかない地元の人材紹介会社にも行こうと、、日帰りなのに5社とアポをとった。。

その時のことは、当ブログでも書いたが、まだ前のサイトの時だったので、残存していない。
「いつだっけな?」と思ったら、、2008年。もう9年前だ。

今日も暑かったが、あの日も暑かった。
徒歩で5社を回った。。上着を持って歩いたが、もう頭髪もカッターシャツも頭からバケツの水を被ったような状態だった。写真は遠慮がちに撮った路面電車の写真、、奥の方に小さく写ってます。数社目からは、受付嬢に汗のかきっぷりを笑われる。その時のブログでも、日帰り出張の時は4社までにしようと反省している。

まぁ何だ、、まだ広島にできるかどうかもわからない営業所で社員を探すのは容易ではない。
案の定、広島に営業所はできず。そもそも社員の紹介も得られず、まったくの徒労に終わった。

似たようなことがよくあった。
埼玉の大宮にあった営業所を東京の田町に移転させることになった。
埼玉の人材紹介会社にも同様に訪問したことがあったのだが…。
田町の営業所も1泊2日で、3つの不動産屋さんと25件の物件を駅からの距離感を掴むために
すべて徒歩で周り、1日目の夜は1人で予習復習のために1人で歩いて、決めたものだった。
営業所を決めるのに、自分以外は誰も見ていないプレッシャー。
そして次は、誰もいなくなった(解雇したり、辞めちゃったり)埼玉の営業所を1人で移転準備し、社用車を車検に出し、、、翌日には、引越し業者を呼んで、荷積み。田町へ移動し、新しい営業所の鍵を受け取り、埼玉から出した荷物を運び込み、電話もネットも引き、セッティング。。
誰も見てないし、わかってないだろうけど、、、自分だけで思った。「神業やな。。」
そして、田町もごく数年で退去し、、やはり1人で探した上野の営業所に移転。
従業員の住居も探した。

名古屋の営業所の撤退も、最初のは、何の片付けもできていない事務所を1泊2日を却下され、日帰りで、1人で荷物をまとめ、出荷、そして解約手続き。
数年後、新たな営業所とやはり従業員の住居を用意。

福岡営業所も、前日に少しだけ、その営業所の元社員に手伝ってもらったが、
夕方からは1人でまとめ、翌日出荷。清掃して、退去。。

いろんな仕事をしたが、これらは、ほとんど1人ぼっちの仕事で、8月6日というキーワードでその頃のことを一気に思い出した。。
今までの、、社会人人生、、なんだか苦労を理解されることも報われることも少なかった気がする。
年を経るにしたがって、真の理解者も減っていき、そういうことも増えてきた。。。
ちょっといろいろ腹が立ってきた。
自分の正しいと思うことを貫くのと、そのジレンマを隠すように道化を装ったところで…、会社員としての自分と折り合いをつけるのは難しいことを痛感する、、、
そして、“じっと手を見る” 「あっ老眼でよく見えない。。。」(宮本)

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2017年08月13日
コメント
name.. :記憶

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