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私のヴォーカル列伝 ~Vol.17 尾崎豊

土曜日は、少し風邪の引き初めか、独特な匂いが鼻につくが…、
娘を病院に連れていったついでに、インフルエンザの予防接種を受けた。
仕事で、少々トラブルがあった。。だからというわけでもなく予定通り夕方から出勤。
今日も昼から出勤、当面、休みはなさそうなので、ちょっとした空き時間で書き込みを…。

またまた、メジャー過ぎる人ではあり…、、今さらという感もあるが...。
決してファンではないが、ある特別な感情がある。
そして、何となく行き詰った時とか、無常を感じた時にはこの人を思い出す。

私は、15歳くらいから曲を創って、17歳の時には、CBSソニーのオーディションを受けていた。
当時は、厳しい批評だったが、手書きで便箋いっぱいにビッシリ書かれたアドバイスが不採用通知として届いた。不採用だったが、嬉しかった。

その同じオーディションをきっかけにデビューして来た1歳年下のアーティストが尾崎豊。もっとも私がその存在を知ったのは、「卒業」くらいの時だったが、、
年下の、しかも同じオーディションをきっかけに…という部分が、なんか素直に受け入れられなかった。。
今思えば、、一種の思い上がりだが、その時は、ちょっとした嫉妬もあったのだろう。ちょっとショックでもあった。

なので、私が、その曲を改めて聞きだし受け入れるのには少々時間を要した。もう1990年に入ったくらいだったと思う。
デビューする際には、プロデューサーみたいな人が言うには、「ノートいっぱいに詩が書き込まれていた」という、、
たぶん表現したいものがいっぱいあったのだろう。。。
私にはそういうものがないし、、
それを聞いた時、才能というか歴然とした差を痛感した(…それまで比べていたのが無謀だが…)

その時期に好きだった曲がこれ 「米軍キャンプ」


十代にして、既に3枚のアルバムを世に出している。。
この頃にそれらをよく聞くようになった。5年以上遅れてる感だ。
だが、もうその頃から、彼はそう長く生きなかった。

20代になってからの作品は、その頃の作品ほどの輝きはなかったように思う。
十代にしてビジネスの世界に入り、我々では想像もできない葛藤やいろんなジレンマがあって、才能と若くしてカリスマ性を持ってしまったこと、歌詞のテーマとかが、創作の上でも大きな重圧になったのかもしれない。

「Forget-me-not」という曲はMs.OOJAとかいろんなアーティスがカバーしていて、その曲の美しさは、その方がよくわかるのだが、、あの絞り出すような“声”の切なさとか、苦しくなるような緊迫感とか、そういうのも魅力なんだろうなぁ。。

彼が、若くして死なずに、20代、30代の大人として、、壁を突き破った作品を聞いてみたかった気がして、そこを越えられなかったのは、残念でならない。



こういう日は、やはりこの曲でしょう。。。しかし、この人はライブでは曲がスローテンポになり、どんどん長くなる傾向にあるなぁ。。

では、才能なき“おっさん”は、52歳にして、、休日出勤してきますわ。。。(宮本)

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