なんとなくTVを観てると、「サザエさん」がやっていた。
ちょうど電話のシーン、“公衆電話”から電話するフネさん、それを自宅で電話をとるサザエさん。
なんと“黒電話”である。。まだ設定は昭和なんだな。。
日曜日の18:30~、誰をターゲットにしているのか? 時代に迎合せずに孤高の作品を目指しているのか?
それとも、もはや現代劇ではなく、水戸黄門亡きあとの、時代劇の域を目指しているのか??
今の子供たちがどう見ているのか気になるところだ。。
ところで黒電話はいつまで使っていたのだろう?
1985年ころから切り替わりはじめたそうなので、そこから数年は黒電話を使っていた気がする。
1987年に入社した会社では、既にプッシュであったのは確かだ。
ちょうど、昭和とともに消えていったのだろう。
そして携帯電話を持ったのは…。
28歳の時(1992年)に店長をしていた店ではポケベルを持たされていた。
30歳くらいで、企画部でチラシの制作をしていたが、同時に地方の店に出張していることが多く、やり取りが出張先。。
印刷会社がチラシの進行で連絡の取りづらさで困り、「経費を出すから、携帯を持ってください。」と言われたことがある。
なかなか、携帯を持つのを渋っていた私だが…、
それから数年で自分の携帯を持った。しかし、そこでのメールにはなかなか手を出さず、
「電話は電話、メールはメール」と言ったら、「ラストサムライ」と同僚に笑われた。
話は遡るが、私は25歳で、PCを購入し、オリジナル曲のアレンジをPC(DOS-V)で始めた。
多少は文字も打った。。これは結構、世間より先駆けていたハズだ。
その3年後くらいの前述の店長時代、、店長会議の膨大な資料作成はみんな手書きでやっていたが、
これを文字入力して作成してきた先駆者がいた、、が、部長に「言霊が…」と言って怒られていた時代である。
先駆けたハズだったが、私の音楽制作環境は、どんどん時代に追い越されていき、、
今ではまったく追いつけなくなってしまった。。どこで、間違ったのだろう。。。
今では、スマホもPCも生活に無くてはならないモノになってしまったが、
特にスマホは使いこなせていない。
しかし、自分の少年時代~若いころから そういうのがあったら、どうだったのだろう??
周囲との関係性、逆にたいへんそうではあるなぁ。。。
すぐに思い出すのが、1987年にトリックハウスベースの金村さんと約束していて、
そこに向かう途中、交通事故を起こし、取り調べを受けるハメになった時と、、
さらに、その翌年、入社後はじめてもらった土日休みでこれも金村さんと約束していたのだが、
天皇崩御により、TVのドラマやバラエティが中止になり、当時勤めていたビデオレンタル店がパニックになり、
「今すぐ来い!」と呼び出されるハメに。
どちらも、自宅に連絡するも、本人には連絡できなかった。。
この時に「携帯があればなぁ。。」と今でも時々、申し訳なく思う。。
入社後、九州に配属になったり、夜勤ばかりだったり、土日休めなかったり、、、
疎遠になった友人、心が離れてしまった人、、、今の通信方法があれば、もしかしたら、違っていたのかな??
なんでもうまく使いこなせなかった私、、たぶん、“結果”に大差はなかったか…。(宮本)