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梁山泊の同窓会

梁山泊かれこれ29年前、もう大学生活も最終学年になろうかという時期だった。
メインでやってたのはギターを弾いていたハードロックバンドだった。
私にとって、自分とは違う、華があり、歌唱力もあるヴォーカルの作詞作曲をするということは勉強になったし、広がりもできた。。
しかし、やはり自分にフィットする曲もバンドで実現したいという欲求もあった。
そこで、キャッチー&ファンキー&ハードな曲を演るバンドを作ろうと、そこそこの腕前のメンバーを集め、自分がヴォーカルのバンドを結成し、何度かライブもしたが…。
それぞれの音楽性が合わず、お互い若かったこともあり、長続きせず、、
(…結局、その方向性は、今、トリックハウスへ受け継がれている気もするが…)
そんな折、1学年下のバンドが、ヴォーカルがサークルもバンドも辞めてしまうというピンチになっていた。
…ので、半分冗談で、「俺をヴォーカルにしろ!」とか言ったら、本当に実現結成しちゃったのが表題の梁山泊というバンドだった。
バンド名からして、既存のアマチュアバンド名をそのバンドが解散したことをいい事に、いただいた。
実質、1年しかなかった。とにかく短い間に曲だけは10曲以上創って。。
当時から、アレンジとか考えるのも苦手だったので、適当なデモを渡し、各自その曲に合いそうなアレンジの既存の曲を探し、それを適当にパクる…いや、真似るという手法をとった。(…苦肉の策だが、これはなかなか名案だ!)
幸か不幸か、アレンジをパクろうとしたものの、演奏力がないから、いい具合に別物に仕上がった。あっこの手法、いいな…。

そんなこんなで、1年足らずの解散コンサートは京都の老舗ライブハウス「拾得」でできたわけだ。

以降、ちょこちょこ会っていたメンバーもいるが、29年ぶりに全員(…無事に)顔を揃えることができた。
写真は、29年の変化である。

今度は同窓会的にスタジオに入ろうなんてことになったが、その間、“現役”のメンバーがいないので、どうなることやら…。

そんなこんなで、土曜の夜は楽しい時を過ごしたが、その日の午前中も今日の午後も、父のことで、ホームから呼び出しがあったり、、、何かにつけて、さまざまな心配事は尽きない…。
わが阪神もいいところがない。。 打線に覇気を感じられないし、投手陣も総崩れ。。。
人生ままならないが…、、 奮闘するしかないですなぁ。。(宮本)

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